もう17年来のお付き合いとなる脚本家の井上敏樹氏。先週末久しぶりに電話があって「京都に飯食いに行こう!」とのお誘い。私自身仕事以外での京都は高校の修学旅行以来となるが、観光とかそういうものではなく、私の想像を超えたカタチで井上氏の言葉どおり本当に『飯食い...』の京都となった。付き合いが長い分私の独身時代からの事も詳しいわけで、京都に向かう新幹線の車中は仕事の話から元カノの話まで話題は尽きない...。井上氏とは来月某誌にて対談予定。
結局出発日寸前に2泊3日と宿泊を伸ばしたこの京都小旅行だが、観光はしない。もっとも井上氏そのものが観光に興味ないのだ。昼過ぎに東京を出発し16時前に京都に到着。12年程前に仕事で2年間住んでいたことのある京都だが、その当時と対して変わらない。先ず荷物を置く為、初日宿泊予定の東山安井にある宿『佐々木』に向かった。『佐々木』は故・深作欣二監督の常宿でもあったところで祇園にも歩いて5分程。こういう宿を探してくる井上氏も中中...。この宿の女将に「京都へはお三方でお仕事ですの?」と聞かれたが、確かに男3人では観光には見えないだろう。同行は井上氏と御同業の犬飼氏。この三日間祇園の料亭に立ち寄る事はなかったが、井上氏曰く「観光客が行く様なトコに俺が行くか、バ~カ...」...相変わらずこの男、口が悪い...。
宿から建仁寺を横切って宮川町へ...。この辺りは祇園、先斗町同様、私が以前通い慣れた茶屋や酒場が立ち並んでいる所ではあるが、井上氏の目的は違うらしい。狭い路地を抜けていくと『裏具』という便箋を売る小店に立ち寄った。聞くと一人娘の土産に便箋を頼まれたのだと言う...。(まぁ、カワイイ所もあるじゃない) この小店『裏具』はめったに観光客は来ないらしい...その証拠に看板が分かりづらく、軒先に小さく記してあるだけ。我々の後から入ってきたひとりの女性客は艶のあるスッピンで長い髪を緩く纏めた感じから稽古帰りの、推察するに舞妓を卒業した芸妓か...。まぁ、こういった感じで京都を散策するのも年齢を重ねた分、愉しめる。場違いな男三人衆は何処へ行っても異様に映るだろうが...。
1日目の最初の食事は京都の地元でも有名な京料理・草食『なかひがし』にて。『佐々木』の女将も「よう取れましたなぁ...ホンマ予約は滅多に取れへんのでっせ。」解説すると毎月1日に電話予約を受け付けるのだが、2ヶ月先まで予約はいっぱいで本当に取り辛いらしい。銀閣寺近くに位置する『なかひがし』。軒に灯がともり暖簾がかかるのを待って店に入った。店に入って直ぐに厨房を囲むカタチでカウンター席があり、厨房中央の朱塗りの釜が目を引く。食材はこの季節に合わせたものを吟味してあり、料理界から一目置かれるだけになるほど旨い。写真に記録しておけば良かったが、それを忘れるほどにこの夜は食べる事に徹した。季節の京野菜、汁物、炊き合わせ、そして炊き上がりたての白米を試食....後半塩炊きの繊細な松茸ご飯を食べ満足し、コースも終盤かと思ったのもつかの間「もう少し食べて行きなさい。」と大将の言葉。出てきたのは鰯の目刺しに炊きたて白米の定食だった。デザートを終えコースを完食して驚いたのはその味のバランスと共にその量...。宿にたどり着いて井上氏はバタンキュー...風呂も入らずに朝まで寝っぱなしだった。今回深酒になるのを想定して胃腸薬を持参して本当に良かった...その気持ちは最終日に実感することになる...。
見慣れた清水寺の景色だが、他の二人が起きる様子がないのでAM6:00に宿を出て高台寺参道からまだ早朝で人気のない二年坂、産年坂の観光客ルートをウォーキング。こうでもしなければ前夜の食材が胃を刺激して一日が始まらない。何せ井上氏の今回の旅の目的が「食」。今日も食を満喫する予定なのだ。ゆっくりと歩きながら清水寺の山門をくぐり清水の舞台からひとり京都市内を眺めると何だが得した様な気になった。観光っ気のない今回の企画で唯一の観光スポットに来ているのだが、これまで京都に慣れ親しんでいる私でさえ早朝の清水寺の経験はなかったからだ。厳かな気分になると共に京都で過ごしたかつての記憶が呼び覚まされた。いろいろ物思いに耽りそうになる自分を朝の空気が洗ってくれている。ふと視線を移すと清水に打たれる行者を発見。上には上がいる...。
約一時間半かけて周辺を散策しながら宿に戻ると井上氏らはまだ寝ていた。昨夜の就寝時間からすれば十時間近い睡眠になりそうな時間だったのでいい加減起こす事にする。意外だったのは宿『佐々木』の朝食が旨かった事。朝から焼鰈に湯豆腐定食だった...。この日昼食を摂る予定の『吉田山荘』に行くまでの間、井上氏には幾つか重要な予定があった。寺町二条の茶房で京茶「嘉木」を吟味。序でに周辺の和紙問屋、筆問屋、錫金店で土産を購入。妙心寺駅に近い『お箸工房』では自分に合わせた手作り箸を注文する事。オーダーして一年後に完成する珍しい材料を用いた貴重なシロモノらしいが価格も一級品...正直呆れた。この日の昼食『吉田山荘』については述べる事は少ない。旧宮邸らしくロケーションは素晴らしいが、東京でも同様に旧ナントか伯爵邸とかいう場所を再利用した店は何処も似た様なモノだ。料理のセンスが古い。この点では三人の意見は一致した。何だか料理店批評誌『ウラミシュラン』の編集者にでもなった気分...。前夜の『なかひがし』が良いだけに歴然としていた。ハッキリと言うと今回の旅では他の店が別格だけに此処は三人の記憶から消されつつある。救いがあるとすれば左の歌が私の席に添えられていた事...。
月見れば千々にものこそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど
大江千里(おおえのちさと)
【大意】月を見ているとあれこれと限りなくものごとが悲しく感じられてくる。私ただ一人の秋ではないのだけれど...。
二日目の宿ともなる野草一献『美山荘』。
京都市内から鞍馬の山中を抜けてタクシーにて一時間、携帯電話も通じないテレビもない宿ではある.....しかし大満足した。元々清水寺のモデルともなった寺に参拝する人々をもてなした所らしいが、ここでは季節の味覚を満喫させる努力を惜しまない。加えて若女将も凛としていて素晴らしい。どうせなら写真に記録させて頂くべきだったか...迷うところでもある。
部屋を出て間近に流れる清流にて。
栗や山菜、野草も群生していて野生の鹿や熊、ルリビタキなどの野鳥も多い。その証拠に鞍馬からの道中、[熊出没注意!!京都府]という看板も目にした。仲居さんによると「夕暮れから早朝にかけては周辺を散策される場合、ご注意下さい」との事。そう聞けば自然と散策に向かおうとする足も鈍るというもの。確かに鬱蒼とした木々の葉が余計にそれを想像させる。
夜の食事はこれでもかというくらいの丹波産松茸づくし。前夜『なかひがし』の大将が『美山荘』に我々が宿泊予定と聞いて「だったら松茸はこのくらいにしときましょう」と仰る程の量。『美山荘』の若女将によると『なかひがし』の大将はご主人の叔父にあたるらしい。道理で『美山荘』の話が出た時から特にいろいろとサービスしてくれた様な気がする。親戚筋にあたる分こちらでも大満足の夕食となり、何年分の量の松茸を食べ秋の味覚を堪能した。『なかひがし』『美山荘』ともに京都の地元でも一目置かれる料理人がいた...。
清々しい三日目の朝...布団にもぐり込んだまま部屋の障子を開け放って外に広がる秋の光景を眺めていると子鹿一頭を含んだ5、6頭の鹿がやってきた。ルリビタキも木の実を忙しそうに摘んでいる。
朝食は左・写真のカウンター中央にて。十時にタクシーを頼んでおいたので急いで済ませたが、やはり旨いものを出すところは行き届いている。焼き魚から炊き合わせ、白米に至るまで美味しかった。最終日の昼食...高台寺『閑人』での食事までには胃腸もこの食生活に順応してきて美味しく頂くことができた。高台寺『閑人』も流石に名店だ。昼のコースといえ抜かりがない。今回我々が絶賛したどの料亭でも言えることではあるが...客を迎える心、もてなす心、送り出すまでの細やかな心に触れる事が出来た。これらの名店では女将や主人においても店を出て我々の姿が遠く見えなくなるまで店前から見送ってくれていた...。帰りの東京行き新幹線の時間までは京都の食材の宝庫・錦市場を散策。京都の「食」を求め秋の味覚を堪能した企画であったが、さらなる再発見もあり充分に満足できた3日間となった...。